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新型コロナウイルスワクチンの効果と安全性

[2021.01.18]

残念ながら2021年年明け早々から首都圏や福岡を含む感染流行地域に2回目の緊急事態宣言が発出されました。そんな中感染抑制の大きなターニングポイントと考えられるワクチン接種が、昨年12月から欧米を中心に開始されています。報道では次期アメリカ大統領が2回目の接種を終了させたり、国家全体で接種を強力に進めるイスラエルではすでに感染抑制効果がでているとのレポートがあります。半面少数ながら副反応と思われる事例も報告されておりワクチンに対する評価を下すにはまだ時期早々かもしれません。

そんな中で日本でも2月下旬からの接種が開始されるとの報道があり、数か月後には一般の方々もその対象となる可能性が大きくなってきました。事前の世論調査では接種希望者とそうでない方の割合は半々といった状況であり、情報の少なさから判断に迷われていると想像します。

今回は現時点で把握できる情報(厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会資料:ワクチンの有効性・安全性と副反応のとらえ方について、日本感染症学会 ワクチン委員会 COVID-19 ワクチンに関する提言)をもとに新型コロナウイルスワクチンの効果と安全性について提示します。

ワクチンの開発状況

通常開発に数年かかるワクチンですが、わずか今回1年足らずでコロナウイルスワクチンが誕生した経緯に疑問や不安を持たれる方も多いのではないでしょうか。我々になじみの深いインフルエンザワクチンや小児期の定期予防接種のワクチンは「生ワクチン」や「不活化ワクチン」と言われるもので病原体そのそのものを培養したうえで弱毒化・不活化する工程が必要なため、短期間かつ大量生産が難しいとされています。

このため今回のパンデミックのような、早期かつ多くの人にワクチンを提供することを念頭に、全く新しい技術を使用しているのがコロナウイルスワクチンです。全世界で使用することが前提のワクチンを今までに実績がない方法で開発するという事態は、前代未聞の状況には今まで通りの手段では対応できないとの判断のもとで基礎医学の研究者が動いた結果であり、おそらくエボラ出血熱やSRASの経験が生かされたものと考えます。

mRNAワクチン、ウイルスベクターワクチン

現在日本で早期使用が予定されているのがmRNAワクチン(ファイザー社、モデルナ社)とウイルスベクターワクチン(アストラゼネカ社)です。

①mRNAワクチン

mRNA ワクチンは筋肉内注射で投与されますが、筋肉細胞や樹状細胞という免疫担当細胞の中で mRNA をもとにタンパク質が作られ、生成されたタンパク質の一部がリンパ球に提示され、免疫応答が起こります 。また、mRNA 自体が自然免疫を刺激する働きもあり、免疫誘導を促進します。新型コロナウイルスがヒトの細胞に侵入するには、ウイルス粒子表面にあるスパイクタンパク質がヒト細胞上のアンギオテンシン転換酵素 2(ACE2)と結合することが必要ですが、ファイザーとモデルナのワクチンはいずれもこのスパイクタンパク質の遺伝子全体を用いています。mRNA ワクチンの臨床試験はすでに HIV 感染症や各種のがんワクチンなどでも行われてきましたが 、ヒトに実用化されるのは今回が初めてです。

②ウイルスベクターワクチン

ウイルスベクターワクチンとは、アデノウイルスなど感染力のあるウイルスに特定の遺伝子を組み込み人体に投与するものです。すでに先天性の代謝疾患や癌の治療に応用されており、感染症の領域でもエボラ出血熱のワクチンとして海外で実用化されています。mRNA ワクチンと同様に、ヒトの細胞内で遺伝子からタンパク質が合成され、免疫応答が起こります 。ベクター(運び屋)としてのウイルス自体には病原性はありませんが、人体内で複製されて増殖するものと、複製されず人体内で増殖できないものがあります。アストラゼネカのウイルスベクターワクチンはチンパンジーアデノウイルスを用いたもので、人体内で複製できません 。ベクターに SARS-CoV-2 のスパイクタンパク質の遺伝子を組み込んであり、スパイクタンパク質に対する免疫が誘導されます。

コロナウイルスワクチンの効果

ファイザーとモデルナの mRNA ワクチンでは、第Ⅲ相臨床試験の中間報告が発表され、有効率 90%以上という優れた成績がみられています 。アメリカ食品医薬品局(FDA)は、COVID-19 ワクチンを承認する条件として、有効率 50%以上、最低でも 30%以上という条件を提示していましたが 、それをはるかに上回る有効率がみられたことはすばらしい成果です。ちなみに同じ呼吸器感染症の不活化ワクチンであるインフルエンザワクチンの65 歳未満の成人での有効率が 52.9%(2015/16 シーズン)と報告 されていることを考えると、予想以上の結果です。いずれのワクチンも筋肉内注射で 21 日から 28 日の間隔で 2 回接種します。被接種者の年齢は、16 歳または 18 歳以上でいずれも高齢者を含みます。前述したように、ファイザーとモデルナのmRNA ワクチンはいずれも 90%以上の有効率を示し、アストラゼネカのウイルスベクターワクチンは、イギリスだけで実施した 1 回目低用量・2 回目標準用量の接種様式では 90%、イギリスとブラジルで実施した 2 回とも標準用量の接種では 62%でした。両方を合わせた有効率は 70.4%となっています 。
これらの臨床試験における被接種者の人種構成は、白色人種がファイザー83%、モデルナ79%、アストラゼネカ 92%でした。アジア系の割合は、それぞれ 4.2%、4.4%、2.6~5.8%にすぎません。有効性に人種差が影響する可能性も想定されますので、国内での臨床試験の結果が重要ですが、国内の COVID-19 の罹患率は海外に比べて低いため、その評価にはかなりの時間が必要と考えられます。さらに、これらの臨床試験の観察期間は 100~150 日という短期間であるため、どのくらいの期間ワクチンによって防御免疫が維持できるかという免疫持続性についての評価がまだできていないことにも注意が必要です。

ワクチンの短期的な有害事象

局所反応(注射部位の反応)では、mRNAワクチンの疼痛の頻度が70~80%台と高いことがわかります。疼痛の中でも、ファイザーのワクチンでは、1 回目接種後の約 30%、2 回目接種後の約 15%に、日常生活に支障が出る中等度以上の疼痛が報告されています 。アストラゼネカのウイルスベクターワクチンでも若年者群で疼痛の頻度が高くなっています。mRNA ワクチンでは、さらに全身反応の有害事象が高頻度にみられています。とくに、倦怠感、頭痛、寒気、嘔気・嘔吐、筋肉痛などの頻度が高くなっていますが、これらの症状は対照群でもある程度みられていることに注意が必要です。発熱(38℃以上)は 1 回目では少ないですが、2 回目の接種後10~17%みられています。発熱は対照群ではほとんどみられていませんので、ワクチンによる副反応の可能性が高いと思われます。とくに高齢者よりも若年群で頻度が高い傾向があります。不活化インフルエンザワクチン、PPSV23、PCV13 の発熱の頻度は、それぞれ 1~2%、1.6%、4.2%ですので、mRNA ワクチンでは注意が必要です。アストラゼネカのウイルスベクターワクチン接種後の発熱は、18~55 歳群の 1 回目で 24.5%であった以外はみられませんでした。また、重篤な(serious)有害事象は、ファイザーの臨床試験では接種群で 0.6%、対照群で0.5%、モデルナの臨床試験でも両群で 1%と差がありませんでした 。アストラゼネカの髄膜炎菌ワクチンを対照群とする臨床試験でも、接種群 0.7%、対照群 0.8%と差がみられていません 。これらの臨床試験の被接種者は白色人種がほとんどで、アジア系の割合が少ないため、人種による副反応の頻度の違いがあることを前提に、国内での臨床試験の安全性の確認が欠かせません。さらに、これらの臨床試験における 75 歳以上の割合は、ファイザー0.4%、モデルナ0.5%であり、アストラゼネカの臨床試験でも 70 歳以上が 6.8%にすぎず、超高齢者への接種の安全性も十分確認されているとは言えません。またさまざまな基礎疾患をもつ方も被接種者に含まれているとは言え、その数は十分ではありませんので、今後さらに基礎疾患ごとの安全性を検討する必要があります。

長期的な有害事象の可能性

これまでの COVID-19 ワクチン臨床試験での被接種者数は、数千人から数万人台です。対象者数が限られるため、数万人に 1 人というごくまれな健康被害については見逃される可能性があります。新しく導入されるワクチンについては、数百万人規模に接種されたのちに新たな副反応が判明することも考えられます。数年にわたる長期的な有害事象の観察が重要です。また、ワクチンによる直接的な副反応とは言えませんが、接種を受けた人が標的とした病原体による病気を発症した場合に、接種を受けていない人よりも症状が増悪するワクチン関連疾患増悪(vaccine-associated enhanced disease, VAED)という現象にも注意が必要です 。過去には、RS ウイルスワクチンや不活化麻疹ワクチン導入時に実際にみられています。またデング熱ワクチンでは、ワクチンによって誘導された抗体によって感染が増強する抗体依存性増強(antibody-dependent enhancement, ADE)という現象の可能性が疑われ、接種が中止されました 。COVID-19 と同じコロナウイルスが原因である SARS(重症急性呼吸器症候群)や MERS(中東呼吸器症候群)のワクチンの動物実験でも、一部にVAED を示す結果がみられています 。COVID-19 ワクチンの動物実験や臨床試験では、これまでのところ VAED を示唆する証拠は報告されていませんが、将来的に注意深い観察が必要です。

まとめ

  1. 新型コロナウイルスワクチンは前代未聞の状況に対応するため、今までにない手法(mRNAワクチン、ウイルスベクターワクチンなど)で製造されていること。
  2. 短期的な効果、有害事象は概ね許容できるレベル(効果については予想以上の効果)だが、長期的な効果、有害事象はまだ情報が少ないこと。
  3. 日本人のデータや15歳以下の子供、75歳以上の高齢者についてもデータがない、もしくは少ないこと。

以上を踏まえたうえで個人の背景(年齢、基礎疾患の有無、社会的立場・状況)を勘案してワクチンの可否を決めていただくほかないと考えます。

現時点では自分自身は日ごろから発熱者診療に身を置くものとしてmRNAワクチン接種(mRNAのみ投与する点で、ウイルスベクターワクチンよりシンプルなデザイン、またmRNA自体は長期間体内に残留しない、自然免疫も強化される点、日本国内の治験が先行している点からmRNAワクチンのほうが優れていると判断)を前向きに検討しています。

人類はこれまで様々な感染症との戦いを乗り越えて進化してきました、今回のmRNAワクチンのような新たなワクチン製造技法は実績がない点が欠点ですが、今回のパンデミックを契機にワクチンや医学の歴史を塗り替える事象になりうる可能性があります。これまでの基礎医学に従事してきた医学の先駆者たちに感謝の念を抱かずにはいられません。

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